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【TOPICS】時間とは、一度しか咲かない美しい花 ミヒャエル・エンデ『モモ』より

ミヒャエル・エンデ 『モモ』より

 

時間をはかるにはカレンダーや時計がありますが、はかってみたところであまり意味はありません。

 

というのは、だれでも知っているとおり、その時間にどんなことがあったかによって、わずか一時間でも永遠の長さに感じられることもあれば、ほんの一瞬と思えることもあるからです。

 

なぜなら時間とは、生きるということ、そのものだからです。そして人のいのちは心を住みかとしているからです。

モモはじっくり考えてみました。

 

「時間はあるーーそれはいずれにしろたしかだ。」

 

思いにしずんでつぶやきました。

 

「でも、さわることはできない。つかまえられもしない。においみたいなものかな? でも時間て、ちっともとまってないで、動いていく。すると、どこからかやってくるにちがいない。風みたいなものかしら?

 

いや、ちがう! そうだ、わかった!

 

一種の音楽なのよーー

 

いつでもひびいているから、人間がとりたてて聞きもしない音楽。でもあたしは、ときどき聞いていたような気がする。とってもしずかな音楽よ。」

 

「時計というのはね、人間ひとりひとりの胸のなかにあるものを、きわめて不完全ながらもまねて象ったものなのだ。光を見るためには目があり、音を聞くためには耳があるのとおなじに、人間には時間を感じとるために心というものがある。そして、もしその心が時間を感じとらないようなときには、その時間はないもおなじだ。」

 

「すると、もしあたしの心臓がいつか鼓動をやめてしまったら、どうなるの?」

 

「そのときは、おまえの時間もおしまいになる。あるいは、こういうふうにも言えるかもしれないね。おまえじしんは、おまえの生きた昼夜と年月すべての時間をさかのぼってゆく、と。人生を逆にもどっていって、ずっとまえにくぐった人生への銀の門にさいごにはたどりつく。そしてその門をこんどはまた出ていくのだ。」

 

「そのむこうはなんなの?」

 

「そこは、おまえがこれまでになんどもかすかに聞きつけていたあの音楽の出てくるところだ。でもこんどは、おまえもその音楽にくわわる。おまえじしんがひとつの音になるのだよ。」

 

 

Photo : Rie Mitsui / 如月と桜

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